東京新聞『高市鬱』コラムの衝撃―卑劣な造語と繰り返される捏造体質
東京新聞が掲載した文芸評論家・斎藤美奈子氏によるコラム「本音のコラム 選挙後の症状」が、SNSを中心に波紋を広げている。
記事中では、自民党総裁選の結果を受け、ネット上で散見される「高市鬱(うつ)」という造語を引用。自らの支持しない政治家が躍進することへの落胆を、精神疾患になぞらえて論じている。
しかし、この表現をメディアが公然と、かつ肯定的に紹介することには、強い違和感と憤りを禁じ得ない。そこには、特定の政治家に対する個人攻撃と、病に苦しむ人々への配慮の欠如という二重の暴力性が潜んでいるからだ。
「〇〇菌」と同じ構図のいじめ
まず、個人の名前に「鬱」という病名を付す行為は、かつて学校現場などで問題となった「〇〇菌」という蔑称と同レベルの、極めて幼稚で悪質な「いじめ」の構図そのものである。
特定の政治家を支持しない権利は誰にでもある。しかし、その名前を不快感や忌避感の象徴として病名と結びつけることは、もはや政治批判の域を超えた人格否定であり、人格権の侵害に等しい。
もしこれが他党の政治家や、特定のマイノリティに対して行われたものであれば、リベラルを自認する同紙や執筆者は「ヘイトスピーチ」として猛抗議したのではないか。相手が誰であれ、人名を「不調の源」として扱う無神経さは、言論人として、またメディアとしての品格を疑わせる。
精神疾患への無理解と冒涜
さらに看過できないのは、現在進行形で「うつ病」などの精神疾患に苦しんでいる当事者やその家族への視点だ。
うつ病は、個人の政治的な嗜好や勝敗によって引き起こされる一時的な「気分の落ち込み」とは全く別次元の、深刻な病である。死に至ることもあるこの病の名前を、政治的な嫌悪感を表現するための比喩として消費することは、病の苦しみを軽視し、矮小化するものだ。
特定の政治家の名前と精神疾患の名称を組み合わせた造語をメディアが肯定的に取り上げることは、倫理的・人道的な観点から非常に大きな問題だ。
「ネットで話題」という実体のない捏造
さらに根本的な問題は、前提となる「『高市鬱』という言葉がネット上で飛びかっている
」という主張の虚偽性である。SNSや検索エンジンの動向を精査しても、この記事が出る以前にそのような言葉が広範に使用されていた形跡はほとんど見当たらない。

自らの政治的意図に合致する「世論」を捏造し、実体のない言葉をあたかも社会現象であるかのように描く手法は、もはやジャーナリズムではない。存在もしない現象を口実に特定の個人を叩く筆致は、悪意に満ちたプロパガンダと言うほかない。
繰り返される「実体のない世論」の捏造体質
こうした「存在しない過激な世論」を捏造する手法は、同紙にとって常套手段と化している。
2026年元日付のコラムでは、特別報道部長の西田彰一氏が「『中国なにするものぞ』『日本国民よ特攻隊になれ』という言葉があふれている
」と断じたが、実際にはそのような投稿の拡散事実はなく、後に同紙は誤りを認めて記事を削除した。
今回の「高市鬱」も、この捏造体質の延長線上にある。自らが敵視する勢力を貶めるために、刺激的な言葉を捏造して読者の危機感を煽る。こうした行為を繰り返す東京新聞は、報道機関としての信頼性を自ら放棄していると言わざるを得ない。
このように、今回のコラムは「いじめ」と「病名への無理解」、そして「事実の捏造」という三重の過ちを犯している。
「あなたが変なわけではない
」とコラムは締めくくられているが、真に「変」なのは、自らの政治的スタンスを正当化するために、特定の個人を病原体扱いし、かつ実際の病名を利用してレッテル貼りを行う東京新聞の方なのだった。
中道の落選議員なら法的手段に出ていたところだぞ。
参考記事
- 【東京新聞】<本音のコラム>選挙後の症状 斎藤美奈子(文芸評論家) 2026年2月18日
https://www.tokyo-np.co.jp/article/469449















