「対ウクライナ戦争」はロシア目線ではないのか?共産党・山添拓氏の投稿に見える二つの違和感

「対ウクライナ戦争」はロシア目線ではないのか?共産党・山添拓氏の投稿に見える二つの違和感

防衛省は5月29日、NATO(北大西洋条約機構)がドイツに設置しているウクライナ支援司令部に、自衛官4人を派遣すると発表した。

派遣の目的は、ウクライナ軍への訓練支援や装備支援の計画立案・調整業務への参加に加え、ロシアによるウクライナ侵略で明らかになった現代戦の教訓を学び、日本の防衛体制強化に役立てることにある。

これに対し、日本共産党の山添拓参議院議員はSNSで、「日本はNATO加盟国ではなく、対ウクライナ戦争の当事国でもない」などと批判した。しかし、この投稿には二つの疑問が残る。一つは、「対ウクライナ戦争」というロシア側の視点にも見える表現だ。もう一つは、防衛戦争の教訓を学ぶこと自体を問題視している点である。

まずは前者の「対ウクライナ戦争」という言葉について見てみたい。

「対ウクライナ戦争」という表現が示すもの

山添氏の投稿でまず違和感を覚えるのは、「対ウクライナ戦争」という表現だ。

ロシア軍が国境を越えて侵攻し、現在も占領地の維持を図っている以上、この戦争の出発点はロシアによる侵略である。

そのため日本政府や主要メディアは「ロシアによるウクライナ侵略」「ロシアによるウクライナ侵攻」という表現を用いている。

ところが山添氏は「対ウクライナ戦争」と書いた。

この表現では侵略した主体が消える。

「対ウクライナ戦争」とは、文字通りに読めば「ウクライナを相手にした戦争」であり、主語はロシアになる。少なくともウクライナ側から見れば、自国が戦争を仕掛けたわけではない以上、「対ウクライナ戦争」という表現は成立しない。

意図的だったのか単なる言葉選びだったのかは分からない。しかし結果として、侵略した側の視点に立ったような表現になっている。

防衛戦争の教訓を学ぶことまで否定するのか

さらに疑問なのは、「戦い方を学ぶとは、文字通り戦う自衛隊に変えようということだ」という主張だ。

自衛隊は戦うための組織である。

ここでいう「戦う」とは侵略ではなく、日本が攻撃を受けた際に国民と領土を守るための防衛行動を指す。

防衛省が今回派遣するのは戦闘部隊ではない。ドイツに置かれた支援司令部で計画立案や調整業務に携わる要員だ。

しかも学ぼうとしている相手は侵略軍ではなく、侵略を受けている側のウクライナ軍である。

無人機、電子戦、情報共有、ミサイル対処など、現代戦の教訓を研究することは防衛組織として当然の業務だ。

それを「憲法からの逸脱」とまで言うのであれば、どの行為がどの条文に反するのか示す必要があるだろう。

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